2017年05月22日

NNNドキュメント’17「戦争のはじまり 重慶爆撃は何を招いたか」

2017年5月21日(日) 24時55分〜25時50分

日テレ

【見どころ】
戦後70年、日本のメディアは数多くの企画を報じた。特に「東京大空襲」や広島・長崎の「原爆投下」などは毎夏取り上げられる。民間人の命を奪う無差別攻撃の悲惨さを伝えることは大切だ。一方で東京・広島・長崎から遡ること7年前の1938年から、世界に先駆けて日本軍が「無差別爆撃」を行った事実は日本国内ではほとんど伝えられてない。そしてこの爆撃がきっかけとなり真珠湾攻撃、太平洋戦争へと転がっていく流れをどれ程の人が知っているだろうか。戦争に対する日本人の目は終戦に向きがちだが、なぜ戦争が始まったのかという経緯を知ることは大切だ。当時の首都・重慶で起きた「重慶爆撃」で戦争の愚かさを伝える。

【内容】
1937年、盧溝橋事件に端を発した日中戦争から今年で80年。その日中戦争の中でもあまり語られることがない日本軍による重慶への空爆。爆撃機は当時の中国の首都にどのように爆弾を落としたのか?爆撃を受けた重慶の町は、どのくらいの戦禍だったのか。今も存命の中国人被害者は何を語るのか? そしてその空爆の結果いったい何を招いたのか……。
取材班は、防衛省に残る当時の日本軍の資料にあたった。そして現場となった中国の重慶に向かい、海外のメディアとしては初めてとなる当時の空襲の様子を記録した一次史料にたどり着いた。取材から見えてきた「重慶爆撃」の真相を探る−。

重慶爆撃とは?
1938年から1943年にかけて日本軍が行った空からの絨毯爆撃。中でも39年〜41年の3年間は合計218回もの爆撃を繰り返した。死者は1万人〜3万人以上とされ多く民間人と言われている。


重慶爆撃のポイント
(1)二日間で4000人が命を落とした、1939年5月3日、4日の「53・54大空襲」
 (アメリカ国民の対日経済制裁要求の世論を強め、「日米通商航海条約破棄」を通告する契機となった)

(2)毎日100機以上が爆撃した1940年5月17日〜9月5日の百一号作戦「重慶定期便」

(3)防空洞で多数の死者を出した1941年6月5日を含む、百二号作戦


日中戦争から今年で80年。その中でもあまり語られることがない日本軍による「重慶爆撃」。当時の中国の首都の戦禍とは。そしてその空爆は、いったい何を招いたのか…。

出演者

ナレーション
湯浅真由美

番組内容

日中戦争から今年で80年。その中でもあまり語られることがない日本軍による「重慶爆撃」。当時の中国の首都の戦禍とは。今も存命の中国人被害者は何を語るのか?そしてその空爆の結果、いったい何を招いたのか…。取材班は、防衛省に残る当時の日本軍の戦闘記録にあたった。そして中国の重慶で海外のメディアとしては初めて、空襲の様子を記録した一次史料にたどり着いた。取材から見えてきた「重慶爆撃」の真相を探る。

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